2012年05月07日
『KOTOKO』のこと
いよいよ今週末、12日土曜日から、
Cocco主演の映画『KOTOKO』が沖縄・桜坂劇場でも公開されます。
先週の火曜日の沖縄タイムス「唐獅子」で、
この映画について私が書いた文章をこちらに載せておきます。
************
「KOTOKO」を観た。
県出身の歌手、Coccoが初主演を果たした塚本晋也監督の映画だ。
ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門最高賞を受賞したことでも話題になっている。
4月から東京や名古屋、大阪などですでに公開中で、
沖縄では5月12日から公開予定のこの作品を、ひと足早く観ることができた。
とにかく観る者の感覚を、痛みも、嫌悪も、不安も、憧れも、
いっしょくたにして揺さぶり続ける、とても激しい映画だった。
エンドロールが流れた後、私は涙と鼻水で喉をつまらせながら、
しばし呆然としてしまった。
この映画の主人公であるシングルマザーの琴子は、
Cocco自身をモデルとして描かれている。
何年も前から彼女の映画を撮りたいと熱望していたという塚本監督は、
映画の製作にあたって繰り返し彼女にインタビューをし、
脚本についても相談を重ねたそうだ。
ストーリーはフィクションだが、
自分の分身といえるキャラクターを演じている女優Coccoの演技は
尋常でないくらいにすばらしく、
琴子の感情の揺れ、感情の爆発、
ひとつひとつに観ているほうも深くシンクロしてしまう。
Coccoの歌に一度でも魅(ひ)かれたことのある人なら、
この映画は必ず心に響くはずだ。
なぜ、彼女の歌声はあんなにも美しく、切実なのか。
その秘密がこの映画には詰まっている。
一人の女性の比類ない孤独と圧倒的な感受性が
色鮮やかにフィルムに焼き付いている。
けれど、その強力な個性と才能のありようだけではない
普遍的な引力も、この映画は確かに持っている。
それは、この作品が、何かを、誰かを大事に思い、育み、守ろうとした時、
おそらく誰もが感じる強烈な不安と絶望的な無力感を
しっかりと描ききっているからだと思う。
あんなに激しく、観ているのが辛くなるシーンがもりだくさんの映画だったのに、
観終わって記憶に残っていたのは手づくりの愛らしいセットや
やわらかな光に包まれたピンクを基調とした部屋の美しい光景だった。
この作品は、まるで、生きていることそのもののように、
一言では感想を言い表しづらい。
沖縄で公開になったら、
もう一度、琴子に会いに映画館へ足を運ぼうと思っている。
**************
というわけで、もう一度観たら、またここで感想を書きます!
Cocco主演の映画『KOTOKO』が沖縄・桜坂劇場でも公開されます。
先週の火曜日の沖縄タイムス「唐獅子」で、
この映画について私が書いた文章をこちらに載せておきます。
************
「KOTOKO」を観た。
県出身の歌手、Coccoが初主演を果たした塚本晋也監督の映画だ。
ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門最高賞を受賞したことでも話題になっている。
4月から東京や名古屋、大阪などですでに公開中で、
沖縄では5月12日から公開予定のこの作品を、ひと足早く観ることができた。
とにかく観る者の感覚を、痛みも、嫌悪も、不安も、憧れも、
いっしょくたにして揺さぶり続ける、とても激しい映画だった。
エンドロールが流れた後、私は涙と鼻水で喉をつまらせながら、
しばし呆然としてしまった。
この映画の主人公であるシングルマザーの琴子は、
Cocco自身をモデルとして描かれている。
何年も前から彼女の映画を撮りたいと熱望していたという塚本監督は、
映画の製作にあたって繰り返し彼女にインタビューをし、
脚本についても相談を重ねたそうだ。
ストーリーはフィクションだが、
自分の分身といえるキャラクターを演じている女優Coccoの演技は
尋常でないくらいにすばらしく、
琴子の感情の揺れ、感情の爆発、
ひとつひとつに観ているほうも深くシンクロしてしまう。
Coccoの歌に一度でも魅(ひ)かれたことのある人なら、
この映画は必ず心に響くはずだ。
なぜ、彼女の歌声はあんなにも美しく、切実なのか。
その秘密がこの映画には詰まっている。
一人の女性の比類ない孤独と圧倒的な感受性が
色鮮やかにフィルムに焼き付いている。
けれど、その強力な個性と才能のありようだけではない
普遍的な引力も、この映画は確かに持っている。
それは、この作品が、何かを、誰かを大事に思い、育み、守ろうとした時、
おそらく誰もが感じる強烈な不安と絶望的な無力感を
しっかりと描ききっているからだと思う。
あんなに激しく、観ているのが辛くなるシーンがもりだくさんの映画だったのに、
観終わって記憶に残っていたのは手づくりの愛らしいセットや
やわらかな光に包まれたピンクを基調とした部屋の美しい光景だった。
この作品は、まるで、生きていることそのもののように、
一言では感想を言い表しづらい。
沖縄で公開になったら、
もう一度、琴子に会いに映画館へ足を運ぼうと思っている。
**************
というわけで、もう一度観たら、またここで感想を書きます!
2012年05月05日
すぼらしき台湾旅行(その10)
連休でうちのお店(カラカラとちぶぐゎ~)にも、
ひさしぶりに来てくださるお客様がたくさんいらっしゃって、とてもありがたいわけです。
そうした方に
「ブログ読んでますよ~。でもあんまり更新してないですね」
と声をかけていただいたりするのも、
ほんとにありがたいやら申し訳ないやらなのです。
で、「台湾旅行記ってもう書かないんですか」と訊かれて、
「えっと、いや、その、あの、あはは、書きますよ!」と答えたわけです。
いや、ほんとに。
書かないつもりじゃないんですよ。
なんか、こう、書こうという気持ちはあるんです。
あるんです。
というわけで、ぐだぐだ言わずに書きます。
***************
さて、沖縄から台北に行きました、我々一行。
時は12月31日夜(うわ、まだ2011年だ!)。
きゃーきゃー言いながら台湾の足ツボマッサージの洗礼を受けた後、
我々が向かったのが寧夏路夜市(ニンシャールゥイエシィ)という夜市。
台北の晩ご飯ならここ!
とガイドのリーさんが太鼓判を押した場所です。
夜道を歩いて目的の通りへ出ると
「祭か!」
というにぎわい。
前日行った士林市場が整備されたばかりで
商店街+フードコート、って感じだったのに比べて、
ここはもう、そのまま道に、祭の露店がぎっしり並んでいる、という風情。
ガイドのリーさん曰く
「台湾にはこういう夜市がたくさんあります。
そして、台湾の人は家であまり料理をせずに、
市場で安くておいしいご飯を食べます。
日本に留学したときは、夜市がないのにびっくりしました。
とてもさびしいと思いました」
だそうです。
毎日こんなお祭り状態が普通なのか……台北。
こんな感じと言うのは参考までにこちらを。
台湾ナビ↓
http://www.taipeinavi.com/food/47/
まあとにかく人でぎっしり。
そして、肉的なものがたくさん。

いざ、まばゆい屋台の群れに向かう我々。
このへんはまだ食べ物屋台でなく、雑貨やゲームなどで、
道幅に余裕があるけど、
この先、食べ物エリアはもっと道が狭くなって、
人と屋台でぎゅうぎゅうになってました。

とにかく肉肉したものが並ぶ店。
で、こういう屋台料理ならビールだー!
と思うのが我々日本人なわけですが、
台湾の人は食事しながらお酒を飲む習慣がないようで、
屋台にはどこにもビールなんて売ってないんです。
というわけで我々がまず走ったのが、

コンビニ。
台北のコンビニ率はとても高くて、
そこいら中にセブンイレブンとファミマ(「全家」って書いてありました)があります。
聞いたところによると、台北の人口当たりのコンビニの数は世界一(!)なんだそうです。
で、いそいそとビールを買い込んで、食べ物を物色した我々。
食うことに夢中で、何食ったのか、写真も、名前ももうなんだか覚えてません。
(そんなんばっかですみません。)
肉の載ったご飯とか、細めんの焼きそば的なものとか、
汁の麺のものとか、野菜の入った肉入り汁とか
、鶏肉とか、腸詰とか、そんなものを食べました。
いやー、何食べても美味しかった。
あと、チャレンジした一品が、匂いだけで身の危険を感じた
あの「臭豆腐」。
これが入った汁ものというか、煮物風のものを食べたんですが、
意外とまろやかで美味!
匂いもそれほど気になりませんでした。
で、あれも食う、これも食う、と欲張って、
お腹いっぱいになってしまい、
でもこれも食べたい……と食い意地の張っている我ら一行は、
「じゃあ、ホテルに持って帰って食べよう~」といくつか買い込んで、
年越し花火をホテルの屋上で見よう!
と意気揚々と帰還したわけです。
ところが……
って、この後の様子は、そのうちまた!
じゃん!
ひさしぶりに来てくださるお客様がたくさんいらっしゃって、とてもありがたいわけです。
そうした方に
「ブログ読んでますよ~。でもあんまり更新してないですね」
と声をかけていただいたりするのも、
ほんとにありがたいやら申し訳ないやらなのです。
で、「台湾旅行記ってもう書かないんですか」と訊かれて、
「えっと、いや、その、あの、あはは、書きますよ!」と答えたわけです。
いや、ほんとに。
書かないつもりじゃないんですよ。
なんか、こう、書こうという気持ちはあるんです。
あるんです。
というわけで、ぐだぐだ言わずに書きます。
***************
さて、沖縄から台北に行きました、我々一行。
時は12月31日夜(うわ、まだ2011年だ!)。
きゃーきゃー言いながら台湾の足ツボマッサージの洗礼を受けた後、
我々が向かったのが寧夏路夜市(ニンシャールゥイエシィ)という夜市。
台北の晩ご飯ならここ!
とガイドのリーさんが太鼓判を押した場所です。
夜道を歩いて目的の通りへ出ると
「祭か!」
というにぎわい。
前日行った士林市場が整備されたばかりで
商店街+フードコート、って感じだったのに比べて、
ここはもう、そのまま道に、祭の露店がぎっしり並んでいる、という風情。
ガイドのリーさん曰く
「台湾にはこういう夜市がたくさんあります。
そして、台湾の人は家であまり料理をせずに、
市場で安くておいしいご飯を食べます。
日本に留学したときは、夜市がないのにびっくりしました。
とてもさびしいと思いました」
だそうです。
毎日こんなお祭り状態が普通なのか……台北。
こんな感じと言うのは参考までにこちらを。
台湾ナビ↓
http://www.taipeinavi.com/food/47/
まあとにかく人でぎっしり。
そして、肉的なものがたくさん。
いざ、まばゆい屋台の群れに向かう我々。
このへんはまだ食べ物屋台でなく、雑貨やゲームなどで、
道幅に余裕があるけど、
この先、食べ物エリアはもっと道が狭くなって、
人と屋台でぎゅうぎゅうになってました。
とにかく肉肉したものが並ぶ店。
で、こういう屋台料理ならビールだー!
と思うのが我々日本人なわけですが、
台湾の人は食事しながらお酒を飲む習慣がないようで、
屋台にはどこにもビールなんて売ってないんです。
というわけで我々がまず走ったのが、
コンビニ。
台北のコンビニ率はとても高くて、
そこいら中にセブンイレブンとファミマ(「全家」って書いてありました)があります。
聞いたところによると、台北の人口当たりのコンビニの数は世界一(!)なんだそうです。
で、いそいそとビールを買い込んで、食べ物を物色した我々。
食うことに夢中で、何食ったのか、写真も、名前ももうなんだか覚えてません。
(そんなんばっかですみません。)
肉の載ったご飯とか、細めんの焼きそば的なものとか、
汁の麺のものとか、野菜の入った肉入り汁とか
、鶏肉とか、腸詰とか、そんなものを食べました。
いやー、何食べても美味しかった。
あと、チャレンジした一品が、匂いだけで身の危険を感じた
あの「臭豆腐」。
これが入った汁ものというか、煮物風のものを食べたんですが、
意外とまろやかで美味!
匂いもそれほど気になりませんでした。
で、あれも食う、これも食う、と欲張って、
お腹いっぱいになってしまい、
でもこれも食べたい……と食い意地の張っている我ら一行は、
「じゃあ、ホテルに持って帰って食べよう~」といくつか買い込んで、
年越し花火をホテルの屋上で見よう!
と意気揚々と帰還したわけです。
ところが……
って、この後の様子は、そのうちまた!
じゃん!
2012年04月30日
そして8年目
先日、2週間に1度、沖縄タイムスで連載を担当しているコラム「唐獅子」で、
こんな原稿を書きました。
4月の第三週に掲載されたぶんです。
そういえば、このブログのタイトルを「うちなーじらぁ(=沖縄顔)」にしたのも、
この時言われた言葉がきっかけでした。
ちなみに先日結婚(入籍)記念日だったんですが、
夫も私も、その日をすっかり忘れていた……そんな8年目です(とほほ)。
*************
◎沖縄顔
沖縄人(ウチナーンチュ)の夫と結婚して、自分も沖縄に住むようになってこの春で丸7年になる。
と言うと、「まだ7年なの?」と言われることもあれば、「もう7年になるのね」と言われることもある。
自分自身の心境も同じような感じだ。
暮らし始めて2年目ぐらいの頃に、買い物帰りにタクシーに乗ったら
「お客さんはナイチャー(内地の人)でしょ」
と運転手さんに話しかけられたことがあった。
「わかりますか?」
「顔を見ればわかるよ」
「でも私はこちらに引っ越して、こちらで暮らしているんですよ」
「沖縄に住んでどのくらい?」
「2年ぐらいですね」
「じゃあ、3年住んだら沖縄の顔になってくるはずよ」
何げなくかわしたこんな会話が今でも妙に印象に残っている。
3年たったら顔が変わるの? というか、そもそも、住んでいると顔が変わるの?
と素朴な疑問を感じたからでもあるのだが、
「まあ、3年以上住んだらみんなだいたい沖縄人になってくるよ」
という、なんだかおおらかな響きをその言葉の中から感じたことが大きいと思う。
そういえば7年たって、タクシーの運転手さんに
「内地の人ですか」と聞かれることはあまりない。
国際通りを歩いていても土産物屋の呼び込みの人に声をかけられることはほとんどない。
私の顔は沖縄人化したのだろうか?
たぶんそんなことはない。
九州生まれの見慣れた自分の目鼻立ちに特に変化は見当たらない。
「沖縄出身ではないよね?」と地元の人に聞かれることもしばしばある。
それでも、7年間沖縄の日差しを浴びて風を受けて、
「ここに住んでいる人」らしさは、ちょっとかもしだされてきたのかもしれない。
何より、話す言葉がすっかり沖縄化してきた。
「今年はユンヂチだねえ」とか「シーミーはいつするの?」といった、
引っ越してきた当時には暗号にしか聞こえなかった言葉も今ではすっかり日常会話のうちだ。
人の顔は暮らしのあり方によって、きっと変わるのだろう。
今の自分の顔が、暮している場所に似つかわしい溌剌(はつらつ)としたものであるならいい、と思う。
こんな原稿を書きました。
4月の第三週に掲載されたぶんです。
そういえば、このブログのタイトルを「うちなーじらぁ(=沖縄顔)」にしたのも、
この時言われた言葉がきっかけでした。
ちなみに先日結婚(入籍)記念日だったんですが、
夫も私も、その日をすっかり忘れていた……そんな8年目です(とほほ)。
*************
◎沖縄顔
沖縄人(ウチナーンチュ)の夫と結婚して、自分も沖縄に住むようになってこの春で丸7年になる。
と言うと、「まだ7年なの?」と言われることもあれば、「もう7年になるのね」と言われることもある。
自分自身の心境も同じような感じだ。
暮らし始めて2年目ぐらいの頃に、買い物帰りにタクシーに乗ったら
「お客さんはナイチャー(内地の人)でしょ」
と運転手さんに話しかけられたことがあった。
「わかりますか?」
「顔を見ればわかるよ」
「でも私はこちらに引っ越して、こちらで暮らしているんですよ」
「沖縄に住んでどのくらい?」
「2年ぐらいですね」
「じゃあ、3年住んだら沖縄の顔になってくるはずよ」
何げなくかわしたこんな会話が今でも妙に印象に残っている。
3年たったら顔が変わるの? というか、そもそも、住んでいると顔が変わるの?
と素朴な疑問を感じたからでもあるのだが、
「まあ、3年以上住んだらみんなだいたい沖縄人になってくるよ」
という、なんだかおおらかな響きをその言葉の中から感じたことが大きいと思う。
そういえば7年たって、タクシーの運転手さんに
「内地の人ですか」と聞かれることはあまりない。
国際通りを歩いていても土産物屋の呼び込みの人に声をかけられることはほとんどない。
私の顔は沖縄人化したのだろうか?
たぶんそんなことはない。
九州生まれの見慣れた自分の目鼻立ちに特に変化は見当たらない。
「沖縄出身ではないよね?」と地元の人に聞かれることもしばしばある。
それでも、7年間沖縄の日差しを浴びて風を受けて、
「ここに住んでいる人」らしさは、ちょっとかもしだされてきたのかもしれない。
何より、話す言葉がすっかり沖縄化してきた。
「今年はユンヂチだねえ」とか「シーミーはいつするの?」といった、
引っ越してきた当時には暗号にしか聞こえなかった言葉も今ではすっかり日常会話のうちだ。
人の顔は暮らしのあり方によって、きっと変わるのだろう。
今の自分の顔が、暮している場所に似つかわしい溌剌(はつらつ)としたものであるならいい、と思う。
2012年04月27日
近況です。
サンニン(月桃)の花が咲いてます。この花が咲くと、沖縄の春から初夏、うりずんの季節から梅雨へ……
という時期です。
今年は少し早めに咲き始めていた気がします。
毎年、この花が咲くと「あ、もう咲いてる!」
って感じでなんかちょっと焦ります。
今年は、雨が続いたり、蒸し暑かったり、
急に冷え込んだり、さわやかに晴れたり、
例年以上に変わりやすい天気ですね。
年年歳歳、同じように花が咲いても、
一年一年は同じではないなあ……と思います。
しばらくブログさぼっててすみません!
また、ぼちぼちがんばります。
台湾旅行記の続きも…………か、書きますよ!(たぶん?)
あっという間にゴールデンウィークですね。
みなさん、よい休日を!
2012年03月15日
「唐獅子」に書いてます。
地元紙・沖縄タイムスの文化面に「唐獅子」というコラムコーナーがあるのですが、
今年1月から、2週間にいっぺん、そちらで書かせてもらっています。
隔週の火曜日掲載です。
沖縄タイムスはニュースサイトもありますが、
このコラムは載らないので、自分の記録用もかねて、掲載されたものを、
こちらのブログで、改めて載っけていこうかなーと思ってます。
というわけで、ちーとも進んでいない台湾旅行記の代わり、
ちゅうわけでもないですが、
まずは、1月下旬に書いて掲載された、
台湾旅行について書いた回を載せておきます。
これから、他の回のものも、掲載後にぼちぼちアップしますので。
ゆたしくうにげーさびら。
**************
「近くて近い、台湾」
2012年、私は新しい年を台湾で迎えた。
年末年始の休暇を利用して、観光旅行にでかけたのだ。
初めて訪れた台湾で、まず驚いたのは、当たり前すぎる話で恐縮なのだが、その「近さ」だった。
もちろん地図上で位置は知っていたわけだが、
那覇空港から台湾桃園国際空港までの飛行時間は約1時間半。
沖縄から東京よりも大阪よりも身近な場所に人口260万人もの大都市、台北が存在している、
という事実は、実際に行ってみて改めて実感できたことだった。
正直、「外国」というだけで、もっと距離がある、遠い場所のように思い込んでいたのだ。
次に驚いたのは、見学に行った台湾の酒造所、林口酒廠でのこと。
清酒、紹興酒、葡萄(ぶどう)酒などさまざまな種類のお酒が作られているこの酒工場は、
台湾の酒の歴史をひとめで知ることができる博物館の役割も果たしていた。
入り口をはいるとすぐに、1900年代から現在まで、
時代ごとに台湾で作られてきた酒類の銘柄のラベルが、壁いっぱいに描かれているのだ。
ビール、米酒、ワイン、焼酎など、歴史を感じさせるレトロなデザインの多様なラベルが並ぶなか、
目を引いたのが「泡盛」の文字。
それも、「玉友」「瑞光」など、今も沖縄でなじみ深い銘柄の名がラベルに描かれていた。
これらの泡盛が台湾で作られていたのは1935年から47年、
日本が台湾を統治していた時代のこと。
日本の軍人たちの要望で日本酒づくりに力を入れていたという話は聞いたことがあったが、
泡盛も沖縄から杜氏(とうじ)たちがやってきて技術を伝え、この地でつくられていたのだろうか。
台湾産の泡盛は一体どんな味がしたのだろう。
この泡盛がもし、今もどこかに残っていたら、70年を超える古酒になっているはず…
と思わず想像をたくましくしてしまった。
屋台料理がほんとうに安くて、とてもおいしいこと。
テビチやミミガーなど、豚の料理方法が沖縄と似ていること。
「スンシー」と呼ばれる、沖縄と味も名前もまったく同じタケノコ料理があること
…などなど、食文化だけでもたくさんの驚きと出会いがあった台湾。
沖縄との地理的な距離の近さは文化の近さでもあることを感じて、
もっともっと台湾のことを知りたくなる旅だった。
(沖縄タイムス・唐獅子・2012年1月24日掲載)
今年1月から、2週間にいっぺん、そちらで書かせてもらっています。
隔週の火曜日掲載です。
沖縄タイムスはニュースサイトもありますが、
このコラムは載らないので、自分の記録用もかねて、掲載されたものを、
こちらのブログで、改めて載っけていこうかなーと思ってます。
というわけで、ちーとも進んでいない台湾旅行記の代わり、
ちゅうわけでもないですが、
まずは、1月下旬に書いて掲載された、
台湾旅行について書いた回を載せておきます。
これから、他の回のものも、掲載後にぼちぼちアップしますので。
ゆたしくうにげーさびら。
**************
「近くて近い、台湾」
2012年、私は新しい年を台湾で迎えた。
年末年始の休暇を利用して、観光旅行にでかけたのだ。
初めて訪れた台湾で、まず驚いたのは、当たり前すぎる話で恐縮なのだが、その「近さ」だった。
もちろん地図上で位置は知っていたわけだが、
那覇空港から台湾桃園国際空港までの飛行時間は約1時間半。
沖縄から東京よりも大阪よりも身近な場所に人口260万人もの大都市、台北が存在している、
という事実は、実際に行ってみて改めて実感できたことだった。
正直、「外国」というだけで、もっと距離がある、遠い場所のように思い込んでいたのだ。
次に驚いたのは、見学に行った台湾の酒造所、林口酒廠でのこと。
清酒、紹興酒、葡萄(ぶどう)酒などさまざまな種類のお酒が作られているこの酒工場は、
台湾の酒の歴史をひとめで知ることができる博物館の役割も果たしていた。
入り口をはいるとすぐに、1900年代から現在まで、
時代ごとに台湾で作られてきた酒類の銘柄のラベルが、壁いっぱいに描かれているのだ。
ビール、米酒、ワイン、焼酎など、歴史を感じさせるレトロなデザインの多様なラベルが並ぶなか、
目を引いたのが「泡盛」の文字。
それも、「玉友」「瑞光」など、今も沖縄でなじみ深い銘柄の名がラベルに描かれていた。
これらの泡盛が台湾で作られていたのは1935年から47年、
日本が台湾を統治していた時代のこと。
日本の軍人たちの要望で日本酒づくりに力を入れていたという話は聞いたことがあったが、
泡盛も沖縄から杜氏(とうじ)たちがやってきて技術を伝え、この地でつくられていたのだろうか。
台湾産の泡盛は一体どんな味がしたのだろう。
この泡盛がもし、今もどこかに残っていたら、70年を超える古酒になっているはず…
と思わず想像をたくましくしてしまった。
屋台料理がほんとうに安くて、とてもおいしいこと。
テビチやミミガーなど、豚の料理方法が沖縄と似ていること。
「スンシー」と呼ばれる、沖縄と味も名前もまったく同じタケノコ料理があること
…などなど、食文化だけでもたくさんの驚きと出会いがあった台湾。
沖縄との地理的な距離の近さは文化の近さでもあることを感じて、
もっともっと台湾のことを知りたくなる旅だった。
(沖縄タイムス・唐獅子・2012年1月24日掲載)
Posted by ながみねようこ at
15:51
│Comments(0)
2012年02月20日
すぼらしき台湾旅行記(その9)
カメの歩みの台湾旅行記ですが、
ヒマをみつけて、なるべくさくさく~っと続きを書きたいと思います(願望)。
**************
2011年12月31日。
故宮博物院をしっかり堪能して(それでも全部は見られなかった…)、
一度、滞在ホテル(台北国際飯店)に戻った我々一行は、
ロビーでガイドのリーさんと再会。
さて、じゃあ、これからどうしましょ? とみんなで相談して、
「台湾に来たからにゃー、一度はやっぱり「あれ」にも行ってみる?」
ということに。
「あれ」っちゅうのは……、そうです、「あれ」です。
足つぼマッサージ。
で、ガイド・リーさんの紹介でホテルからほど近いところにあるマッサージ屋が
わざわざ車で迎えに来てくれて、みんなでゴー。
お店の名前は…………忘れてしまいました。
値段も…………忘れたなあ。
写真も…………ありません。
(すいません。マッサージ受けるだけで、なんかいっぱいいっぱいだったもんで。)
だいたい、台北で観光客向けの足つぼや全身マッサージなら、
お店にもよりますが1時間で600元~1000元(1500円から2000円ちょっとぐらい?)
ってとこでしょうか。
なので、日本でのマッサージよりはかなりお安い感じです。
この日行ったマッサージ屋はなんか
昔のクラブ(ロングドレスのお姉さんがいる、頭にアクセントがつくほうね)とか
キャバレーっぽい内装というか、絨毯がやけにふかふかしていて、
内装が別珍(…って、べっちんって今どき言わないか、ビロード?)というか、
全体的に、ピアノのカバーみたいな、赤紫のぴろぴろんとしたの、みたいな印象。
台湾は、かなり都会なんだけど、
ところどころで、「昭和かよ」と思うような内装とか建物に出会います。
ま、それがアジアの面白さだし、沖縄も似たようなところあるんですけどね。
で、2部屋ぐらいに分かれて、ずらりっと並んで横たわり、
一斉に足つぼマッサージを受けた我々。
知り合いと並んで横たわるのって、なんか照れくさいものがありますね。
時折「うっ」とか「ぐえっ」、「いて」「いてててて」という各々のうめき声が響き渡るなか、
小一時間でマッサージ終了。
うん。
まさに、ツボを心得た感じで足裏をぐりぐりしてもらって、
けっこうすっきりしました。
実は私は、けっこうマッサージ苦手で、
特に、全身マッサージだと、揉まれるのがとても痛くすぐったくて、
マッサージ後は、マッサージ前より疲れ果てる、というのが常なんですが、
足裏だけだとそれがなくてよかったようです。
ちなみに、足裏をマッサージすると全身の疲れ具合や病気もわかるそうで、
「寝不足ですね。(はいそうです。)」
「腰とクビも疲れがたまってるようだから、全身マッサージもするといいですよ」
(↑これはたぶん営業トーク)てなことを言われました。
めいめいマッサージしてもらって、それぞれ言われた
「前立腺が悪いみたい~」「頭が悪いって~」「胃が~」「腰が~」「乳が~」
とか、いろんなことぼやきながら、
マッサージ屋さんの車で送ってもらって到着したのが
寧夏路夜市。
昨日の士林夜市に続いて、ガイド・リーさん曰く、
「地元の人がよく来る夜市はここ。食べ物がおいしいです。」
という寧夏路夜市(ニンシャールーイエシー)にやってきたんでした!
んじゃ、夜市の様子はまた!
ヒマをみつけて、なるべくさくさく~っと続きを書きたいと思います(願望)。
**************
2011年12月31日。
故宮博物院をしっかり堪能して(それでも全部は見られなかった…)、
一度、滞在ホテル(台北国際飯店)に戻った我々一行は、
ロビーでガイドのリーさんと再会。
さて、じゃあ、これからどうしましょ? とみんなで相談して、
「台湾に来たからにゃー、一度はやっぱり「あれ」にも行ってみる?」
ということに。
「あれ」っちゅうのは……、そうです、「あれ」です。
足つぼマッサージ。
で、ガイド・リーさんの紹介でホテルからほど近いところにあるマッサージ屋が
わざわざ車で迎えに来てくれて、みんなでゴー。
お店の名前は…………忘れてしまいました。
値段も…………忘れたなあ。
写真も…………ありません。
(すいません。マッサージ受けるだけで、なんかいっぱいいっぱいだったもんで。)
だいたい、台北で観光客向けの足つぼや全身マッサージなら、
お店にもよりますが1時間で600元~1000元(1500円から2000円ちょっとぐらい?)
ってとこでしょうか。
なので、日本でのマッサージよりはかなりお安い感じです。
この日行ったマッサージ屋はなんか
昔のクラブ(ロングドレスのお姉さんがいる、頭にアクセントがつくほうね)とか
キャバレーっぽい内装というか、絨毯がやけにふかふかしていて、
内装が別珍(…って、べっちんって今どき言わないか、ビロード?)というか、
全体的に、ピアノのカバーみたいな、赤紫のぴろぴろんとしたの、みたいな印象。
台湾は、かなり都会なんだけど、
ところどころで、「昭和かよ」と思うような内装とか建物に出会います。
ま、それがアジアの面白さだし、沖縄も似たようなところあるんですけどね。
で、2部屋ぐらいに分かれて、ずらりっと並んで横たわり、
一斉に足つぼマッサージを受けた我々。
知り合いと並んで横たわるのって、なんか照れくさいものがありますね。
時折「うっ」とか「ぐえっ」、「いて」「いてててて」という各々のうめき声が響き渡るなか、
小一時間でマッサージ終了。
うん。
まさに、ツボを心得た感じで足裏をぐりぐりしてもらって、
けっこうすっきりしました。
実は私は、けっこうマッサージ苦手で、
特に、全身マッサージだと、揉まれるのがとても痛くすぐったくて、
マッサージ後は、マッサージ前より疲れ果てる、というのが常なんですが、
足裏だけだとそれがなくてよかったようです。
ちなみに、足裏をマッサージすると全身の疲れ具合や病気もわかるそうで、
「寝不足ですね。(はいそうです。)」
「腰とクビも疲れがたまってるようだから、全身マッサージもするといいですよ」
(↑これはたぶん営業トーク)てなことを言われました。
めいめいマッサージしてもらって、それぞれ言われた
「前立腺が悪いみたい~」「頭が悪いって~」「胃が~」「腰が~」「乳が~」
とか、いろんなことぼやきながら、
マッサージ屋さんの車で送ってもらって到着したのが
寧夏路夜市。
昨日の士林夜市に続いて、ガイド・リーさん曰く、
「地元の人がよく来る夜市はここ。食べ物がおいしいです。」
という寧夏路夜市(ニンシャールーイエシー)にやってきたんでした!
んじゃ、夜市の様子はまた!
2012年02月15日
暖かくなりましたが…。
ここ数日の沖縄はすっかり夏。気温24〜25度あります。
半袖でもいいぐらい。
春を通り越してもはや初夏です。
ただし、週末はまた寒くなるそうなので油断禁物。
土曜日の予想最高気温は15度になってますから(!)。
沖縄の15度って、寒いんですよ。
ほんとに、寒いんですってば。
まだ冬物仕舞っちゃだめみたいです。
みなさん体調崩さないように気をつけてくださいね~。
写真は一昨日あたりの夕方。
雲のかたちが不思議なことになってました。


